農村を翔けたオバマの母-インドネシアの民と歩んだシングルマザー【4】芸術家族との交流=異文化理解させる子育て

インドネシアの実力派俳優、イクラナガラ(73)。2008年に大ヒットした映画「ラスカル・プランギ」(邦題:虹の戦士たち)で小学校校長役で出演し、演技は文字どおり白眉だった。日本でも上映され話題になった。「サン・キアイ」(13年)では主役を務め、国内最大のイスラム団体ナフダトゥール・ウラマ(NU)の創立者を演じきった。

アン家族との思い出を語るイクラナガラ夫妻=ジョクジャカルタの自宅で、筆者写す

アン家族との思い出を語るイクラナガラ夫妻=ジョクジャカルタの自宅で、筆者写す

妻は、米国人のケイ・イクラナガラ(73)。カリフォルニア大バークレー校で学士、修士課程を修了した。ジャカルタにある米イ教育交換機関に勤めていた時に、ガジャマダ大の医学部生でありながら演劇の道を突き進んでいたバリ出身の男性と恋に落ちた。1970年に結婚し、ジャカルタで新婚生活を始めた。長男を生んだ後にも学業を続け、ハワイ大大学院で言語学博士号を取った。

■似た境遇の友人

アンは長女マイヤを出産した間もなく、インドネシアの教育機関で英語教師を務めていた。ケイはこの職場でアンと出会う。同じく長男を出産したばかりで、年齢はほぼ同じ、米国出身、夫はインドネシア人、関心ごとは文化人類学の分野——共通点が多い二人はすぐに意気投合する。

イクラナガラは「アンは実直で我慢強く、ユーモラスな面もあった」「夫のロロは寡黙な人だった」と思い起こす。

オバマとともにジャカルタに移り住んだころのアンは、知り合いといえば米大使館で担当していた英語教室の受講生ぐらいだった。石油業界の米国人上流階級との付き合いを深めようとするロロには反発していた。

文壇の巨匠レンドラなどと親交があったイクラナガラ。アジアやアフリカでの教育研修など多様な経験を持つケイ。この夫妻と出会ったアンは、インドネシアの知識人や芸術家など未知の世界の人々に触れる。研究と仕事との兼ね合いで手工芸品、バティック(ジャワ更紗)など織物の収集家であったアンは、インドネシア・カルチャーへの造詣を深めていった。

■マルチカルチュラリズム

アンと娘マイヤ、夫ロロ(左)、ロロの母(右)=ケイ・イクラナガラ提供

アンと娘マイヤ、夫ロロ(左)、ロロの母(右)=ケイ・イクラナガラ提供

70年代半ば、ケイもアンも学業の節目にハワイからインドネシアに戻ると、子供らを南ジャカルタ区クバヨランにあった米国人運営のプレスクールに通わせる。ここでは異文化教育を重んじ、同い年だったケイの長男とアンの娘マイヤはインドネシア語と英語を学び、バリダンスも体験した。

「アンはマルチカルチュラリズム(多文化主義)だった」とケイ。「多人種の島」ハワイで思春期を過ごし、異なる国の二人の夫と出会った母は、自分の子供に多様な文化を学ぶ大切さを教えた。マイヤはバイリンガル、オバマも簡単なインドネシア語を話せる。国際教育に試験的に取り組んでいたジャカルタの国立小学校と、普通の学校に通っていたのはよく知られた話だ。

■オバマとの再会

2005年に上院議員のオバマと再会したケイ・イクラナガラ=右から2番目(ケイ提供)

2005年に上院議員のオバマと再会したケイ・イクラナガラ=右から2番目(ケイ提供)

イクラナガラ夫妻はオバマ少年とはあまり接したことがなく、青年になってからは母と妹に会いにジャカルタに来た時程度だった。

そんな夫妻にそれぞれ、上院議員オバマと再会する機会が訪れる。

2006年にあった米政府主催の若者リーダー招へいプログラムで、インドネシアの生徒約20人の引率者にイクラナガラが選ばれた。一行が招かれたワシントンD.C.で出迎えたのはネクタイにスーツ姿のオバマ。インドネシア人の子供グループを心待ちにしていたオバマは、引率者が昔よしみの人物と分かると興奮を極め、イクラナガラの手を持ったまま「知り合いのバパッ(おじさん)が来た」と関係者に紹介して回った。

米国の大学で教育者育成機関を通じて米国際開発庁(USAID)と関わることが多かったケイは05年、同庁幹部のオバマ表敬訪問に同行し、再会した。思い出話をすると、オバマは懐かしんで微笑んだ。その頬元がアンとそっくりなのが印象的だった。(敬称略、【5】につづく)

About Yoshi Maeyama

Devotee of an anthropologist, S.Ann Dunham, translated her dissertation book "Surviving against the Odds - Village Industry in Indonesia" into Japanese. Graduate student in Gadjah Mada University. http://www.myspace.com/ammaeya/blog
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