農村を翔けたオバマの母-インドネシアの民と歩んだシングルマザー【5】フィールドワーク14年=日本軍が武器作らせた村

「トンカン、トンカン」――。金属をたたく軽妙なリズムが、村の一角に響きわたる。

90年代前半のアン=バリのタナロット寺院で(米国立人類学アーカイブ提供)

90年代前半のアン=バリのタナロット寺院で(米国立人類学アーカイブ提供)

カジャール村。アンが14年間にわたりフィールドワークをした鍛冶村だ。ジョクジャカルタ特別州の南部にそびえるウォノサリの台地にある。

村民あるいは成人男性すべてが鍛冶職人というわけではない。世帯でみれば農家であり、農業と併せた重要な収入源として鍛冶業も営む。ほかの手工芸品を含めこうした農村工業は、インドネシア経済にとっては重要な要因の一つだ。バリ、スマトラなど他の島にも鍛冶村はあるが、主要な典型例としてアンはカジャールを選んだ。

 

■「人々に役立つ研究」

多民族国家インドネシア。この島しょ地域の文化・経済人類学調査はオランダの学者らが主体だったが、独立後の1952年には米国から社会学者チームが乗り込んでくる。その中には、ジャワ農村の社会進化を説いた「農業のインボリューション」(63年)で世界的論議を巻き起こしたクリフォード・ギアーツがいた。

アンの親友であり指導教官だったハワイ大名誉教授のアリス・デューイ(86)も、当時はチームの一員だった。調査したのは竹細工、陶器、鎌の刃などが売られる農村パサール(市場)。アンの関心はアリスの研究と重なる部分が多かった。「ただ彼女は熱心な研究者だけでなく、調査した人々の暮らしを向上させる実践的方法も追求していた」

 

■村民との会話楽しむ

著書Surviving against the Oddsの表紙=写真はバリ島タナロットで撮影

著書Surviving against the Oddsの表紙=写真はバリ島タナロットで撮影

カジャールの人々は、おらが村こそが由緒ある鍛冶村だと信じる。不思議な力を持ったクリス(儀礼的短剣)職人が住み着いたことが発祥だとする先祖信仰を持っている。アンはこうした伝説や民族誌のほかに、鍛冶職人らの分業、損益、仕上がった農具の販売流通の仕組みを丹念に調査し、書き留めた。

「村民との会話を何時間も楽しみ、聞き上手だった」。村の有力商人だった夫を十数年前に亡くしたサストロスヨノ(82)は、娘マイヤと訪れたアンをきのうのように覚えている。

記述は詳細な村史にも及ぶ。その一期間、村民が言うところの「日本時代」(日本軍政の占領時)では、こんな事件があった。

日本軍は、ジャワで接収した大量の農具やくず鉄を村に運び込み、鍛冶職人らに武器づくりを強制させる。だが農具不足による食糧減産を招き、自分たちも食べ物に窮すると方針を一転。逆に壊れた武器類を村に運び、「人道的に農具製作を奨励した」(アンの著書)。

 

■日本の農村支援

アンが撮影した夫の写真を大切にしているサストロスヨノ=カジャール村で筆者写す

アンが撮影した夫の写真を大切にしているサストロスヨノ=カジャール村で筆者写す

博士論文は92年に完成し、千ページ以上の大作となった。アンは研究者だけでなく一般の人にも読んでもらうため論文を抜粋再編し、出版する作業に取り掛かっていた。しかし志半ば、博士号取得から3年後、子宮がんで他界する。娘マイヤはアリスなど関係者に遺稿の編さんを働きかけ、2009年に「サバイバル・アゲインスト・ジ・オッズ」(邦訳「インドネシアの農村工業」)を発刊。母の夢をかなえた。

著書は、カジャール村を一例として、インドネシアの金属産業の発展を有史以前から現在に至るまで論述。独立後の日本の密接な関係についても紙幅を割いている。工業省幹部へのインタビューの中でJICA(当時は「国際協力事業団」)の活動にも触れ、各地の鍛冶村で行われたスプリングハンマーの試験導入を前向きに評価。「先進諸国の中では日本が唯一、インドネシアの農村で使える適正技術の開発に関心を持ってきた」と指摘している。

オバマは、母が足を運ばせたジャワの村々などをいつか訪れたいと記している。アンは、当時は滅びるいわれていた農村の鍛冶業が、それどころか発展存続すると論じた。逝去から約20年。カジャール村にいまも響き渡る金属の音が、それを裏付けている。(敬称略、おわり)

About Yoshi Maeyama

Devotee of an anthropologist, S.Ann Dunham, translated her dissertation book "Surviving against the Odds - Village Industry in Indonesia" into Japanese. Graduate student in Gadjah Mada University. http://www.myspace.com/ammaeya/blog
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